記念曲制作ものがたり
その12 音出しをする

4月5日、いよいよ作曲家のY氏が金光に来られる。
私は、儀式事務御用奉仕期間中故に、応対には出られないが、典楽会の役員K氏が案内役としてつくことになっている。M氏も同行してくれる。

まずは、祭場での習礼を見学していただいた後、合唱ステージにて、コーラス部の音出しである。私は、その場から合流することとなった。
Y氏とは何度かメールのやりとりをしており、知らない人という意識はあまりなかったが、実際にお会いするのは初めてである。細身でチャーミングな方であった。メールの文面から感じていたより、思いの外お若いので少々驚いた。

さてコーラスは、その日の習礼に来られていたT教会の皆さんに残っていただき、M氏の進行でおこなった。まず「神人の栄光」ではアルトの音域が低いのが気になる。男声パートも何やら難しそうだ。コーラス部分にも課題があることが見て取れる。まあこれはM氏がいいように伝えてくれるだろうと、どこか無責任な私がそこにいる。「これではいかん」と思いつつも、五線譜を典楽譜にする作業では、五線譜を見っぱなしだったので、少々食傷ぎみということもあったのだろう。今思えばすこしだけ恥ずかしい。

続いて、楽人控室に移動して典楽器での音出しを行った。
危惧していた笙。事前に練習してもらっていたが、やはり手が遅れ遅れである。今回作曲者から提示された笙の演奏方法は前にも触れたように「3本吹き」である。典楽の世界にも「2本吹き」という演奏方法は今までもあったが、それはすべてパターン化されていて、覚えられないものではなかった。今回の「3本吹き」はパターン化されていない。同時に3本の孔を譜面に従って押さえていかねばならない。
奏者は、練習すればできないことはないだろう、という感想であったが、この曲だけのために、このような新しい演奏方法をとるというのもしっくり来ない。何より、通常の典楽の演奏方法の中で、新しい曲を創造していくということからすれば、少しはずれているのではと思ってしまう。これは、変更希望をお願いしなければならない、と実際の演奏を聴きながら思った。

次に箏である。これもN氏に事前に楽譜を送り練習してきてもらっていた。懸案の六(D)の糸は、事前に半音上げておいて演奏を行った。
なんとN氏は、平気で弾きこなしている。「あれ、そんなに難しくはないの?」と意外に思って、よく見ると五線譜の楽譜で演奏しているではないか。本人に聞けば、五線譜の方が弾きやすいのだそうだ。これまで使ったことのないリズム進行であるだけに、音の長さが正確に判断できる「オタマジャクシ」のほうがいいのかも知れない。
早掻や静掻などの典楽独特の定石的な記号は、ある一定のパッセージを詰め込んでいる。これを五線譜に直せば、ピアノ曲のように音符だらけになってしまうだろう。こうしたものを使うことにより、はじめて典楽譜の優位性?が出てくるようだ。さらには典楽らしさも加わるはずである。こうした定石的な奏法を使ってもらわねばならない。

典楽のパートからは、さまざまな課題が浮き彫りにされた。やはり演奏してみて分かるものなのだろう。Y氏にも伝わったことと思える。
この反省を踏まえて、翌日の作曲者との懇談に臨むことになる。