記念曲制作ものがたり
その8 黄鐘調???

2日後、いよいよ作業を始めるべく、件の楽譜を取り出した。龍笛、篳篥は問題ないだろう。装飾音が振られているが、これはどう処理すればいいのだろう?まあ作曲者に聞いてみればいい。

さて、何で作ればいいのか?
文字コンプレックスの私にとって、筆で書くという選択肢は全くない。ワープロでは、きれいにできるだろうが、箏の譜などは微妙な位置調整や変?な記号が含まれるため、対処できないことが容易に想像できる。そこで、ページ単位の作成にはなるが、その中で位置や変?な記号を自由に動かすことができる「イラストレータ」というソフトを使用することにした。

これといった方針はないのだが、とにかく作ってみなければ先に進めない。作りながら、よりよいものにしていけばいい、との思いでY氏の楽譜を見つめる。すると、箏のパートの上になにやら書いてあるではないか。「黄鐘調」と書いてある。

「なんじゃこりゃあ!」

箏の調弦は典楽で使用する「平調」意外にも、いくつかあることはかろうじて知っていた。しかし典楽では、1種類のみである。それが平調の調弦であり、したがって楽人の中には、典楽に使用する調弦が「平調」であることを知らない人も多い。これしかないからである。うかつにも、それ以外の調性がまったく眼中になかっただけに、本当にびっくりした。ほとんど絶句である。

初めて触れる黄鐘調の音階。とりあえず、どうしよう?
しばし思案の後、楽天家の私は妙案を思いついた。黄鐘調であろうと平調であろうと、箏の音なのだから、そのまま平調の音階で並び替えてしまえ、と。
すると、ひとつどうにも困ったことが出てきた。黄鐘調での調弦で「九」に当たる音が、平調の音階にはないのだ。これはもうお手上げである。

「もしかして、Y氏はこちらから送った資料にまだ目を通すことができていないのでは・・・・・・。」
忙しい方だから、それもしょうがないか。ひとつひとつ当たり前と思っているところも、確認していかねばならない。またまた反省である。そして、典楽は雅楽の一部の領域しか使っていないということに思い至る。雅楽という音楽世界の広がりを感じた。

そして、こちらの動揺を悟られないよう、きわめて平静を装ってY氏にメールを送ったのである。
-----------------------------------------------------------------------
Y 様

箏の譜で、基本的なことを見落としていました。すいません。
典楽における箏の調絃は平調で、それ以外の調絃は使用しません。
楽譜には「黄鐘調」と書かれているのを今日気がついた次第です。
とりあえず、平調で置き換えてみたのですが、黄鐘調でいう「九」の音
(Dでしょうか)が平調にはありません。
そこで、平調での「六」の音(C#でしょうか)を左手で押さえて音を上
げるようにすると、かなり煩瑣なことになります。(最初から、半音上げ
るというのも手ですが、ちょっとこのたびの趣旨からはずれるような・・)

このあたり、おいでいただいての相談にしましょうか?
平調での「斗」「為」「巾」が使用されないのも、寂しい気がします。

以上ご報告まで。
-----------------------------------------------------------------