「会長就任にあたって」

               典楽会会長 内山正義

2023/1/15

 令和4年6月1日付で、典楽会会長に内山正義氏(大阪・布施教会)が就任されました。
ここでは、令和5年1月1日号に掲載された内山氏就任の挨拶を掲載します。



 このたび、令和4年6月1日付で、桑山啓旦氏の後、会長をさせて頂くことになりました。よろしくお願いします。
 過去に、ある教会の先生から、「物事をするのに、できませんと言わずに、させて頂きます、お使いください、という心でさせて頂くと、あとは神様がさせてくださる」と聴かせて頂いたことがあり、会長就任にあたっても、そのように受けさせて頂きました。

 これからの典楽会のあり方について書かせて頂きます。
 伝統を重んじ、よい所は延ばしつつ、時代のニーズを見定めながら改善もしていかなければなりません。良い変更であれば取り入れながら、稽古を充実させていきたいと思います。
 それと、私たちは祭典の奏楽御用をさせて頂いておりますが、仕事のこと、家庭のこと、学校のことなどをしながらの御用でありまして、練習もなかなか十分にはできない状態ですが、できるだけ時間を取って、練習をして頂きますように。

 次に、私の楽歴について書かせて頂きます。
 楽員に階級制のあった時代(*注@)、昭和38年(1963)楽手補に認定頂き、昭和43年(1968)に楽手に推薦されました。昭和49年(1974)に、師匠から楽師補の認定試験を受けるように進められ、受験して合格させて頂きました。その後、典楽会の制度が変わり、階級制は廃止されて、それからは、本部指導員として御用をさせて頂くようになりました。その間、認定委員長、審議委員長の御用にお使い頂き、典楽会役職の定年(※注A)を迎えてからは、静かに奏楽をさせて頂いておりましたが、このたび、会長をお受けすることになりました。

 私の職業は、電機関係の製造業です。典楽会の楽員にならせて頂いた頃は、日本が高度経済成長に入り、毎日夜九時頃まで仕事をして、休みは日曜日のみで、楽の御用にあたれるのは日曜日のみでした。そのうちに、本部大祭の奏楽で「親」をさせて頂くことになり、仕事の関係で前日の習礼に出られないことから辞退を申し上げると、とにかく来なさいと、当時の会長の小井勉先生に引っ張って頂き、大祭当日、そのような状態でも、親を何度かさせて頂きました。
 一方で、家庭に不和が生じてしまい、子供達にも迷惑を掛けるので、楽を断念しようと思い、在籍教会長にお取次願いますと、やめないようにと言われまして、曲がりなりにも続けさせて頂きました。よく教話で、「末のおかげになる」と聴かせて頂いておりますが、何十年か経って、あれはこのことかと思わせて頂くようになり、ありがたく、お礼を申し上げております。

 私は音楽的なことが合っていまして、本当は、洋楽、邦楽を専門的に勉強したかったのですが、仕事のこと、家庭の事情などで叶わず、それでも唯一、神様の御用につながる、典楽だけはお引き寄せ頂きました。
 これからも体の続く限り、奏楽の御用をさせて頂けますよう、日々祈念しております。


※@ 昭和53年まで、楽員には、楽師、楽師補、楽手、楽手補という階級がありました。
※A 典楽会では、会長を除き、役員、指導員の役職の定年は満75歳になっています。