本部広前から(2)

2022.2.5
令和4年度 初月例祭執行

令和4年1月10日、本部広前において、本年度初の月例祭が仕えられました。
例年、本部広前の初月例祭は、全国から多くの参拝者があり、座る場所がないような状況になっていました。今年は、昨年からのコロナ禍もおさまりつつある中で迎えた新年でしたが、急速にオミクロン株による感染拡大の懸念が高まってきており、会堂内は、昨年に倣い80名程度の入場制限を行いソーシャルディスタンスを確保し、それ以外の方は修徳殿に移動いただいての中で仕えられました。
 奏楽は、支障なく5名の奏楽員により奉仕できました。
 今後、コロナウイルスの感染が拡がれば、昨年のような演奏をCDで行うという措置も出てこないとも限りません。一刻も早い終息を願っているところです。
 思えば、昨年は新型コロナウイルスの感染防止の措置上から、月例祭を参拝者を会堂内に入れず祭員のみでの執行とし、奏楽もCDで行う時期がありました。本部大祭についても同様の措置が取られました。典楽に携わる者として、このことは大きな衝撃であったことと思います。ご承知のように、明治の頃から、そう教団独立の時から本部の祭典に典楽は奏でられてきました。太平洋戦争の最中や敗戦の苛烈な混乱の中にあってさえ、近郊の楽人達の献身的な奉仕を得て、楽の音を絶やすことはありませんでした。それが、目に見えない、生物かどうかも議論の途上にあるウィルスというものの猛威にその営みは中断させられました。
 しかし、この状況も「天地の営み」であることは間違いのない事実でもあるのです。我々はその中から何ものかを導き出さねばなりません。当たり前のこととして与えられてきた本部あるいは教会での奏楽というものが、実は当たり前のことでなく神様の細やかなお計らいの上に生まれてきていたということや、別の新たな気付きもいろいろと生まれてくるでしょう。
 ここはひとつ、じっくりと腰を据えて考えてみたいものです。


本部広前から(1)