ゆずり葉


近くに「カンツバキ」の垣根がある。長い冬の間、ぽつぽつと咲く赤い花で私たちを十分楽しませてくれる、貴重な樹木である。
春、常緑樹のカンツバキには、新しい緑が芽吹き、鮮やかな黄緑の垣根となりつつある。このカンツバキのみならず、至る所で緑が息づき、生命をみなぎらせている。春は、何よりも植物の生命が躍動しているように感じる季節である。

その一方で、厳しい冬を耐えながらカンツバキの幹枝を支えてきた古い葉たちが、その役割を新芽に託し、静かに落葉していく時でもある。「ゆずり葉」という植物があるが、この植物にかぎらず、古い葉は、いつか新しい葉にその役割をゆずり、その生命を託していくものなのだろう。春とは、ひとつの大きな生命を支えていくために、小さな生命たちの新旧交代が行われる厳粛な儀式の季節なのかもしれない。

典楽がこの世に生まれて、百年以上の時が流れた。その間たくさんの先人の働きの上に、こんにちまで典楽が継承されてきた。世代として考えると初代楽長を第一世代とすれば、現在は第4世代が出てきているはずである。そして未来に向かって、次々とさらなる継承が生まれていくのだろう。かくして典楽は、永遠に伝えられていくことになる。

さて、永遠とは何だろうか。時を重ねても姿や形は変わらないことだろうか。それとも時代や社会の動きに応じ、さまざまに変異しながら、願いを、名を残していくことなのだろうか。たぶん、どちらも違うのだろうと思う。

典楽に込められた先人達の思いを大切にしなければならない。そして今を生きる自らの思いも大切にしなければならない。過去に思いをはせ、そこにある願いを身に受けながら、今の自分が良いと思える典楽を探り、求め、次の世代にゆずり、託すのだ。
典楽はこれからも継承されていくことだろう。そう願いたい。未来に向かって典楽が継承される系譜の一端を、我々は確かに担っているのだ。「良きものをゆずる」稽古でありたい。

秋が深くなってきた。先のカンツバキの葉の根本には、この冬に私達の目を楽しませてくれるだろう花芽がたくさん、小さな顔をのぞかせ始めた。この冬にはきれいに咲くのだろう。そして来年の春、その花芽を育てたたくさんの古葉たちが、人知れず新葉に役割をゆずるのである。カンツバキは、1年成長する。

2005.11.7